マグニチュード99

最期の時まで美学を求めると決めた

国民総背番号制度の廃止が、運転免許証返納の交換条件だ

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北海道新聞04/24 13:46


北海道の自動車の速度について

知恵コレ2010/10/210

 

公安委員会は、自動車運転免許証を持つ者が一定の高齢に至れば、学力と技能について毎年の運転資格更新試験を行って、それに基づく多面的な運転制限を行うべきだ。

制限などの内容は、その更新試験で発見された問題に医学的条件を適合させて、一日当たりの距離や地域市町村、一日や一か月当たりの運転時間、商用や通院の運転目的制限など運転免許の条件を組み合わせればよい。

私は現在、いわゆるペーパードライバーだが、年に幾度か車を運転する時には、長年の運転経験と社会経験から、周囲の環境、それが歩行者でろうと、自転車であろうと、自動車であろうと周囲を全く信用せずに、動向を観察をしながらの慎重運転だ。

例えば、一方通行道路を自転車が、歩道側を車の陰になる位置で逆走するのを見るのは日常茶飯事で、しかも逆送の位置にある車の周りを行ったり来たりを繰り返すから、車側から前方の逆走自転車を完全に視認追跡するのは無理な話だ。

これは伝聞であるが、歩行者もまた同様で、ある病院に入院していた人が2階の窓から下の横断歩道を眺めていたら、母親が黄色の歩行者用横断信号を走って渡り、その後ろを離れて歩いていた幼児が赤信号を走って入った。

そしてその後に起きた事態は、その子にとって最悪なものになったのだ。

この例に限らず、交通弱者と呼ばれる歩行者や自転車が、弱者どころか車両に対して「当たり屋」紛いに挑戦的、犯罪的、或いは甘い意識や遊び感覚で危険な行動を取るのを沢山見て来たが、そこでは道交法上で弱者保護の建て前が貫かれているのを悪用して、何かの目的でそうする者さえ出るのを容易に想定できる。

そこで無差別な標的とされた場合には、標的側が加害者となって事故の舞台に引き上げられてしまう、理不尽で油断大敵が現実の交通環境だ。

そして北海道の運転者の特徴の一つは、右左折時のウィンカーを出す時機がハンドルを回すと全く同じ時機である事、つまりはウィンカーを出さないのだ。

これは本州から来た人なら皆、知っていて一様に驚き、北海道人は田舎者だから、だらしない - 語源由来辞典のである(笑)。

それが北海道人の特徴であるのなら、それは歩いていても、自転車に乗っていても、車を運転していても、同一人である限りはだらしないままなのだから、ヤルこと全てが大ざっぱ、危険、責任を最初から取るつもりはないと言う事だ。

私は若い時から散々、車運転を堪能して来たから、今はその反動でゆっくりと歩いて周囲の景色や状況を楽しむことが好くなった。

だから、私は個体識別のためにブタの耳に付けるタグ同様の国民総背番号カードがこの世界に在る限り、身分証明とするこの自動車運転免許証を死ぬまで返納しない(笑)。

昨今のクソなメディアに於ける足並みをそろえた高齢者運転免許の問題化は、真に交通事故減少に対する報道姿勢を感じる所は全くなく、その裏にはマイナンバーカードと言い換えた国民総背番号カードが一向に普及しない実情から、身分証明書と機能している運転免許証を国民総背番号カードと一体化して交付する政策をこれで理由付けして正当化させたい狙いも、当然にこの中に在るだろう。

だが今のクソなテレビ新聞には、そうした隠れた社会問題をえぐるだけの肝っ玉は無い。

数年前、私が苫小牧付近の高速道路を夜遅く制限速度で走っていて、後ろから来た2台の4WDが私を追い越して行って1~2分後、その車2台がチカチカと非常停止点滅をしながら左の路肩側で止まっていた。

私がその右を速度を落として通り過ぎながらその様子を見ると、前部をボコッと大きく凹ませた4WDの前には、立派な角で大型のエゾシカが横たわっていた。

まぁ、そのエゾシカが運転席の窓を突き破って内部に飛んで来なかったから人間は死ななずに済んだわけで、特に夜分ならエゾシカは車の前照灯を横断のしやすさの目当てにして隔離璧などを軽く飛び越えて走り込んで来るから、北海道の全ての道路は野生動物の横断には充分に警戒が大切だ。

 

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